ていかかずら (定家蔓) 

学名  Trachelospermum asiaticum
日本名  テイカカズラ
科名(日本名)  キョウチクトウ科
  日本語別名  マサキノカズラ、チョウジカズラ、セキダカズラ(雪駄蔓)
漢名  日本絡石(ニホンラクセキ,rìbĕn luòshí)
科名(漢名)  夾竹桃(キョウチクトウ,jiāzhútáo)科
  漢語別名  亞洲絡石
英名  Japanese star jasmine
2007/05/20 小平市 (栽培)
2009/05/31 徳島市万年山 
2006/06/07 京都市嵯峨野
 嵯峨野では、あちこちでかなり気ままに生えているように見えました。
 テイカカズラ属 Trachelospermum(絡石 luòshí 屬)には、東&東南アジア・ヒマラヤに約9-15種、または約30種がある。

  T. asiaticum(T.gracilipes)
    テイカカズラ var. asiaticum(var.oblanceolatum, var.intermedium, var.glabrum;
         日本絡石)
    ヒメテイカカズラ var. brevisepalum
    オキナワテイカカズラ
(リュウキュウテイカカズラ) var. liukiuense(T.lanyuense,
         T.liukiuense, T.gracilipes var.liukiuense)
    チョウジカズラ var. majus(T.foetidum, T.jasminoides subsp.foetidum;臺灣絡石)
  T. axillare(紫花絡石・車藤)
浙江・福建・江西・兩湖・兩廣・西南・インドシナ・ヒマラヤ産
  タイワンテイカカズラ T. bodonieri(T.formosanum, T.cathayanum;
         貴州絡石・乳兒繩)
 貴州・四川に稀産 『雲南の植物Ⅱ』211
  T. brevestylum(短柱絡石・羊角草)
 安徽・福建・兩廣・西南産 『雲南の植物Ⅲ』229
  T. dunnii(銹毛絡石・大黑骨頭)
湖南・廣西・雲貴産
  トウテイカカズラ(トウキョウチクトウ・タイワンテイカカズラ) T. jasminoides(絡石・絡石藤・
         卍字茉莉・白花藤・爬山虎・爬墻虎;E.Star jasmine)
         臺灣・華東・河南・山東・兩湖・兩廣・貴州・雲南に産
         
『中薬志Ⅲ』pp.481-485(石南藤)・526-532(絡石藤)、『中国本草図録』Ⅱ/0772 
    ケテイカカズラ var. pubescens
 本州(近畿以西)・四国・九州・琉球・朝鮮・漢土に産
    var. heterophyllum(石血・九慶藤・鐡信) 
   
 キョウチクトウ科 Apocynaceae(夾竹桃 jiāzhútáo 科)については、キョウチクトウ科を見よ。
 和名は、藤原定家(1162-1241)と式子(しきしまたはしょくし)内親王(ca.1151-1201)に纏わる説話にちなむ。下欄の誌を見よ。
 深江輔仁『本草和名』(ca.918)絡石に、「和名都多」と。
 源順『倭名類聚抄』
(ca.934)絡石に「和名豆太」と。
 すなわち、古くは「つた」という語は、ツタではなく、テイカカズラを指していた。
 小野蘭山『本草綱目啓蒙』14下(1806)絡石に、「テイカゝヅラ ツルクチナシ
勢州 シホフキ薩州」と。
 本州・四国・九州・小笠原・朝鮮・中国南部・インドシナ・ヒマラヤ・ボルネオに分布。
 何にでも絡みついて伸張し、茎は径4cm、長10mに達する。
 強い植物なので、よく生垣に用いられる。
 茎葉を乾燥したものは、絡石と呼び、薬用にする。
 和名テイカカズラの元となった藤原定家(1162-1241)は、中世初期の歌人、日記『名月記』の著者、『小倉百人一首』(ca.1235)の撰者。式子内親王(ca.1151-1201)は、後白河天皇(1127-1192)の第3皇女で以仁王(1151-1181)の妹。1159年賀茂斎院、1169年退下、1194年ころ出家。
 金春禅竹
(1405-ca.1470)作とされる謡曲『定家』には、定家との「邪淫の妄執」に成仏できないでいる内親王の亡霊が登場する。すなわち都の「式子内親王の御墓」の「星霜古りたる」石塔に「蔦蔓這ひまとひ」、「この蔓をば定家蔓と申し」、「式子内親王初めは賀茂の斎の宮にそなはり給ひしが、程なく下り居させ給ひしを、定家の卿忍び忍びの御契り浅からず。その後式子内親王程なく空しくなり給ひしに、定家の執心蔓となつて御墓に這ひまとひ、互ひの苦しみ離れやらず」と。
 なお、式子内親王の塚は、指月山般舟三昧院
(京都市上京区)にあり、定家蔓の墓とも呼ばれている。
 『古事記』(あめ)の石屋戸(いわやと)の場面で、天宇受売(あめのうずめ)の命(みこと)が「天の真拆(まさき)を縵(かづら)と為(し)て」踊ったという、そのまさきは、一説にテイカカズラとする。
 『万葉集』に、つた・いはつた・いはつな・つのなどと呼ばれる植物は、テイカカズラであるという。つな・つのは、ツタの転訛。
 次のような枕詞に用いられる。
  「いわつなの」は、をつ・をつちかへる(若返る)にかかる。
  「は
(這)うつた(蔦)の」は、わかる・おのがむきむきにかかる。
  「つのさはふ」は、いわにかかる。
(ツタが多(さは)に這う意だと言う)。
 『古今集』巻20 神あそびのうたに、

   まきもくの あなしの山の 山人と ひともみるがに 山かづらせよ
   み山には あられふるらし と山なる まさきのかずら 色づきにけり

とある
(一に、このまさきのかずらをテイカカズラとし、一に ツルマサキ Euonymus fortunei とする。)

 西行
(1118-1190)『山家集』に、

   かづらきや まさきの色は 秋ににて よそのこずゑは みどりなる哉
     
(かづらき(葛城)をすぎ侍りけるに、をりにもあらぬもみぢの見えけるを、
      
なにぞととひければ、まさきなりと申けるを聞て)

 『新古今集』に、

   松にはふまさきのかづら散りにけりと山の秋に風すさむらん
(西行法師)
   神無月時雨ふるらしさほ山のまさきのかづら色まさり行く
(読人不知)
 
 『花壇地錦抄』(1695)巻三「藤桂のるひ」に、「薜茘桂(まさきかつら) 葉ハ大つげのごとくニて木ニまといて生ル。葉、冬有リ」、「絡石(ていか) 葉ハまさきかつらのちいさき物なり。少シの枯石(ほくいし)等ニまとひ付、あいらしき物也。かづら、冬有」と。


跡見群芳譜 Top ↑Page Top
Copyright (C) 2006- SHIMADA Hidemasa.  All Rights reserved.
跡見群芳譜トップ モクゲンジ イチイ アブラチャン タチバナ イロハカエデ 樹木譜index